旅と本とサステナビリティ-リスボンの本屋から-

パンデミック下での旅
パンデミックで今まで当たり前にできたことが、そう簡単にはできなくなってしまった。
わたしにとってのその1つは、旅である。自分の予算と相談しながら、行きたい場所を決め、体験したいことを決め、
スケジュールを組む。旅の途中で起こる想定外なハプニングや、現地の人々とのちょっとした交流は、いづれは旅の中で忘れがたい思い出となる。それが、「旅」ではないだろうか。
パンデミック宣言から早、1年以上が経過した。旅はおろか、外出することも極端に減り、ふと、心の栄養不足を感じ始めたときに手に取ったのは本だった。
その中の1冊は、リスボンにあるブックストア[STET]で買ったものだ。STETは、審美眼を持ったオーナーが選んだポルトガル国内や海外から集めた写真集、アーティスティックな本を中心に扱っているブックストアで、置いてある本はインディペンデント系出版社からのものも多く、一般的なブックストアでは出会えない貴重な本に出合える場所である。
STETのお店自体は、お世辞にも大きいとは言えない。大人が大股で歩けば、数十歩もすると一周できてしまう。けれども、一度その空間に足を踏み入れ、見渡してみると、飾ってある美術品、空間に適した本数、心地よい良い明るさの照明が、
良い本に出合うためには、必ずしも大きなブックストアである必要はないということを教えてくれている気がする。
本とサステナビリティ

デジタル時代に生きているものの、私自身、デジタルで本を読んだことがない。
それは、アナログに対する私が個人的に持っている安心感や、デジタル時代に対するちょっとした抵抗感から来るものなのかもしれないが、それ以上に本を紙媒体で読むということは、本/紙の記憶と思い出(読んだ時の情景や、感情)が結びつきやすくなるという性質を持っているからかもしれない。
そして、そんな紙媒体の本を取り扱う本屋では、時には店員さんが、読みものを求める人に本のナビゲーターのような存在になってくれることさえある。その体験は、パンデミック中は日常的に感じにくい[社会との小さなつながり]を再認識できる場でもあり、本屋とは、ただ本が並べてある場だけではなく、人が社会との小さなつながりを感じる空間にもなり得るということを思い出させてくれる。
私がSTETに行くきっかけとなったのは、私が尊敬するポルトガル在住のアーティストが、私に紹介してくれたからだ。「とても素敵なブックストアだけれども、ちょっと離れた場所にあるんだよ。」という事ではあったが。メトロから歩いて15分ほどの場所にある、STETのガラスドアを初めて開けると、オーナーが、少し驚いた様子で階段から降りてきてくれた。
彼女は、STETがALVALADEに移転して、ブックストアとしてだけでなく、時には本をテーマにしたディベートの場や、アートギャラリー、ブックフェアの場にもなっており、近年本やアートを愛する人々が交流するプラットフォームになってきていることがうれしいと私に語ってくれた。特に探している本はなかったので、何となく今読みたい本を漠然とではあるが、相談してみることにした。そこで、彼女が勧めてくれたものは、ブラジル・アマゾンの文化をサステイナブルな視点で紹介している本であった。

[写真をとってもいいですか?]と聞くと、お気に入りの本を手に、チャーミングなポーズをとってくれた、STET店主.
アマゾン地域に元々住んでいる住民は、植物繊維100%でハンモックや日常的に使うバッグを作っていたり、果実の外皮を乾燥させ食器として使用していたり、ピラルク―(アマゾン地域に生息する巨大魚)を食した後は、強固なピラルクーの舌を爪やすりとして再利用している等々、自然からの頂き物を最大限に利用した人々の生活を知ることは、1年以上どこにも旅に出ることのできなかった私にとって、旅を通じて得る充足感に似たものを感じるのに等しかった。
現在、深刻な森林伐採が進み、環境政策に無関心な大統領によってブラジルは、国際社会から大きな批判を浴びている。けれども、「ブラジル」を日々つくり上げている人々にフォーカスを当てて見てみると、自然と共生し、自然からの財産を守り抜くことを選んだ人々も数多く存在しているということを再認識させられ、正直どこかほっとしている自分がいた。
本を読み終え、ずらりと並んだ協力者のリストに目を追うと、1名だけ見覚えのある名前があった。それは、ブラジル留学時代の友人で会った。本を閉じ早速本人に連絡を取ってみると、友人本人であることが分かった。
数年ぶりの連絡は、ブラジル留学時代や、どこかぼんやりとした記憶で残っていた、これまでの旅の思い出が蘇るきっかけにもなった。
ポルトガルの小さなブックストアに入り、オーナーに勧められて手にした本。
本の中で、自然と共生しながら生活を行うブラジルの人々と出会い、そしてブラジル留学時代の友人と再びつながった私は、パンデミックの中でも小さな旅は何度でもできるのだと確信をした。

アマゾンについての本。1つ1つ手作業で装丁されたようなスタイルも目を惹く。
STET:
Rua Acácio de Paiva, 20A | Alvalade,Portugal.
*現在は、事前アポイント制での営業。